ノック


古いアパートの一部のような壁と扉が、会場と地続きになるように建てられている。それは空間に紛れながらも、違和感を与え続けている。
扉の前には、「ノックしてお待ちください。」と書かれた小さなプレートがある。鑑賞者が扉をノックすると、しばらく間を置いて、向こう側からノックが返ってくる。
その応答は、ただのコン、コンという二つの音でありながら、向こう側に誰かがいるという感覚を生じさせる。ノックは、その向こう側の他者と出会う以前の呼びかけであり、返ってくるノックは、こちらの存在に気づき、応じようとする何者かの関心のようにも感じられる。同時に、見知らぬ扉の向こうに誰かがいるということは、安心だけでなく、緊張や恐怖も伴う。
しかし扉を開けると、そこに人はいない。あるのは、ノックを返すためだけに作られた装置である。家庭用のスタンドライトに、モーターで制御される木製の簡素な腕と手首が取り付けられ、そこから粗雑に配線が伸びている。シュールでどこかちぐはぐなレディメイド。壁も扉も、裏側から見れば粗末なハリボテにすぎない。扉の向こう側の「存在感」は、機械的な反復によって生まれた錯覚だったことが明らかになる。




